2017年06月18日

初めての北陸旅行記 その30(最終回)

皆様こんにちは。柳井グランドホテルの松前篤始でございます。今回も前回に引き続き、北陸旅行のお話をしていきたいと思います。


さてタイトルにもございますように、長らく続いたこの北陸旅行記も今回をもって完結とさせていただくことになりました。朝8時に新宿駅を出てから寄り道ばかりで、いつになったら終わるのかと皆様を困惑させてしまったかもしれませんが、それにもかかわらずここまで読破していただいた皆様には本当に頭が下がる思いでございます。


IMG_0770.JPG


六日町駅を通過すると、終点の越後湯沢駅まで新潟県の内陸部の豪雪地帯を突き進むことになります。この区間には駅を1歩出ただけでスキー場にたどり着ける上越国際スキー場前駅や国鉄時代より首都圏発のスキー輸送列車の終着駅として名を馳せた石打(いしうち)駅など、スキーと縁の深い駅が多数名を連ねております。前回引き合いに出したL特急「とき」も、スキーシーズンはこの石打駅や少し高崎寄りの越後中里(えちごなかざと)駅に臨時停車を行い、現在のガーラ湯沢行き「たにがわ」号の役割を果たしていたようです。


IMG_4603.JPG


六日町駅から越後湯沢駅の間は現行のほくほく線快速列車でも10分前後で走破できるため、この「はくたか21号」もさほど時間をかけずに越後湯沢駅へ進入することとなります。到着は長年定位置として占拠してきた1番線。現在は上越線の発着ホームとして再整備がなされておりますが、我々鉄道ファンにはやはり「はくたか」号が腰を下ろす姿が一番似つかわしいものとして連想されます。


CIMG2078.JPG
CIMG2086.JPG
CIMG2091.JPG


下車後迷わず写真撮影を開始いたしましたが、私としたことが夜間撮影に向かない通常仕様での撮影を敢行してしまったためほぼ全ての写真が手ぶれの魔の手に侵食されてしまいました。最期の記録がこのような有様とは最早言葉も出ませんが、せめて雰囲気だけでも保存しておくことと致します。


CIMG2092.JPG


コンコースに上がると「はくたか」「北越」の引退を告知するポスターがございました。刮目すべきはこの「はくたか」号のポスターでございます。ほくほく線部分が赤色で示されておりますが、直江津〜六日町間の全てを赤く表現するのではなく、きちんと直江津駅と十日町駅の間を2色で表現しております。これはJR西日本とJR東日本と北越急行の3社合同で作られたものですが、この些細な部分をきっちり描き分けたところに「はくたか」運行へ携わってきたことへの誇りと執念が感じられました。



この旅行がきっかけとなり以後北陸へ幾度となく足を運ぶこととなるわけでございますが、北陸の地は新幹線開業後2年が経過した現在もその輝きは失われておりません。最初は「はくたか」と「北越」の面影を追い求めてばかりいましたが、回数を重ねるとこの名列車たちを生み出し育んだ北陸の大地の素晴らしさにも注目するようになりました。訪れる度に新たな魅力を発見し、帰着後はすぐ次の訪問のことを考え始めてしまう始末です。機会がございましたら詳しくお話しいたしますが、最近はレンタサイクルによる広域周遊の楽しさを認識いたしました。



次回をどのような話とするかは未だ決定いたしておりませんが、最初の旅行から経過した2年間という月日が教えてくれた旅行の楽しさやツボを押さえ、より幅広い魅力をお伝えできるよう善処してまいります。私にとって日本の美を堪能することは鉄道趣味を追求することに勝るとも劣らない楽しさがございます。この旅行記で幾度となく皆様へ探訪を薦めてまいりましたが、これはこの旅行でお世話になった皆様に対するリップサービスではなく、正真正銘私の本心から申し上げております。そしていつの日か皆様だけの見どころを共有出来ましたらこれ以上の喜びはございません。当ブログは今回で一旦の区切りをつけさせていただくこととなりますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


IMG_8204.JPG


名列車よ永遠なれ。そして北陸の大地に栄光あれ。



ありがとうございました。


【柳井グランドホテルのホームページへ】

posted by yg at 17:46 | Comment(1) | 日記

2017年06月12日

初めての北陸旅行記 その29

皆様こんにちは。柳井グランドホテルの松前篤始でございます。今回も前回に引き続き、北陸旅行のお話をしていきたいと思います。


前回は直江津駅まで到達いたしました。今回はその先を目指してまいりますが、「はくたか21号」の次の停車駅は終点の越後湯沢駅です。ここからは以前も長々とご説明申し上げた例の高速走行区間に入ってまいります。



車窓は先程以上に暗闇が続き、トンネルと地上区間の境目が分からなくなってしまうため「はくたか」の実力を目の当たりにしても容易に理解することが出来なくなります。駅を通過する瞬間だけはその流れる速さに驚嘆することが出来る点が唯一の救いでしょうか。しかし途中の虫川大杉(むしがわおおすぎ)駅で「はくたか」同士の列車交換を行うため、その貴重な瞬間さえも奪われてしまいます。こればかりは冬季の日照時間の短さを恨むしかなく、私は半ば諦めておりました…。


IMG_0812.JPG


虫川大杉駅で列車交換を終えてしばらくすると十日町駅を通過します。当時の「はくたか」は約半数がこの十日町駅にて停車しておりましたが、速達便はほぼ全ての列車が通過するため、この駅だけは上にあるように通過専用の本線が設けられております。ほくほく線の他の駅は例外なくホームが本線に横付けされているため、この十日町駅での通過はかなり貴重な光景でございました。しかし現在はこの本線は使用停止の措置がなされ、線路は赤い錆に覆われてしまっています。この線路を列車が通過する日が再び来るのかは分かりませんが、これも「はくたか」運行当時の繁栄の象徴でございますため、少しでも長く後世に伝えられていくことを願っております。



十日町駅から先は初めて通過する区間でございますが、この区間の見どころといえばなんといっても先日まで私鉄最長を誇っていた赤倉(あかくら)トンネル内の160km/h走行と、トンネル内に所在する美佐島(みさしま)駅です。赤倉トンネル内にはもちろん踏切が存在せず、総延長は10km超にも及ぶため、まさに「はくたか」の真骨頂を見せつけるための檜舞台でございました。



そして先日紹介した筒石(つついし)駅と同様にトンネル駅として名を馳せる美佐島駅は、外観と待合室はまるで地域の集会所、ホームと地下待合室はまるで核シェルターという不思議な魅力を兼ね備えた駅です。この駅だけは逸話も多く、「はくたか」運行当時の姿を皆様に見ていただきたいので詳細はインターネットや動画で検索していただきますが、おそらく調べるほどに楽しみ方が広がる駅であると感じていただけるのではないでしょうか。


CIMG4677.JPG


長い赤倉トンネルを抜けるとほくほく線も残りわずかとなり、130km/h以上の走行を許容する「高速進行信号」の現示もありません。しばらくすると上越線の線路と合流し、曲線上にあるホームが印象的な六日町駅を60km/hの低速で通過します。この六日町駅は「はくたか」が1往復のみ停車しておりましたが、上越新幹線開業前のL特急「とき」の停車駅として存在感を発揮していた時代と比べると、たった1往復の停車ではやや物足りなさを感じてしまいます。さすがに全列車が停車していたわけではございませんが、六日町駅と小千谷駅の間で新幹線駅設置の論争が巻き起こった頃の隆盛は確実に失われてしまいました。


IMG_4954.JPG
IMG_0780.JPG
IMG_4931[1].JPG


ですがこの町のシンボルである一面の稲田と八海山の威容はその支配者が朱鷺から白鷹、そして白兎へと移り変わったとしても変わることはなく、冬になればまた雪衣を纏った晴れ姿を見せてくれることでしょう。そして街の象徴が不変であり続ける限り町が忘れ去られることもなく、そこで生まれ育った者の心の拠り所でありつづけます。


IMG_8739.JPG
IMG_4916.JPG


幸いにも私がほくほく線に乗車した際には毎回多くの地元の学生の姿を見かけます。彼らにとってほくほく線や地元の象徴など日常の忙しさを考えれば取るに足らない存在なのかもしれませんが、多くの人にとってある地域を想起させるのは意外と普遍的なものだったということは良くある話です。かくいう私も、北アルプスの広い裾野と一面稲田で埋め尽くされた平野を見れば富山県に来たことを実感し、瀬戸内海と点在する島々を山陽本線115系電車のうなるモーター音と共に目にした時に最も地元柳井に帰ってきたことを実感します。彼らもふとした時に地元の風景の美しさに気づき、地元への愛着を胸に何らかの形で地元の町を盛り上げてもらえればと考えております。


IMG_4929[1].JPG


なお、途中紹介いたしました写真の中に八海山をバックに走り抜ける「はくたか」がございましたが、こちらは私が先日購入した復刻版「ほくほく線車両ガイド」の1ページに載っていたものです。復刻版ということで「はくたか」に使用された681系や683系の情報も満載です。こちらは500円で手に入る上、北越急行という視点に限定した「はくたか」に終始している点を踏まえれば大変価値のある資料だと私は考えます。詳しくは北越急行ホームページをご参照くださいませ。


さて、次回はいよいよ越後湯沢駅に到着いたします。おそらく次回が最終回、ここまで長々と語り続けてきた旅行記に一つの区切りをつけます。次回もよろしくお願いいたします。


【柳井グランドホテルのホームページへ】

posted by yg at 13:19 | Comment(2) | 日記

2017年05月31日

初めての北陸旅行記 その28

皆様こんにちは。柳井グランドホテルの松前篤始でございます。今回も前回に引き続き、北陸旅行のお話をしていきたいと思います。


前回は富山駅から「はくたか21号」に乗車いたしました。今回も少々寄り道をしながら道中の様子をお伝えしてまいります。


泊駅を通過し新潟県に入ってくると次第に車窓が暗くなり、またトンネルが連続するためやや車窓が冗長的になります。いくら「はくたか」の走りを堪能しているとはいえ、さすがに車窓がずっと暗いままでは楽しみが半減してしまいます。今思えばそんな単調な時間さえ貴重だったはずですが、幸福の最中にいると残念ながらその有難みを噛み締め続けることが出来なくなってしまうようです。



いつしか直江津駅到着放送が車内に流れ、列車はしばしその足を止めます。直江津駅でも再び絶好のシャッターチャンスに恵まれましたが、またもや事前の情報不足で獲物を逃がしてしまいました。その被写体とは先に富山駅を発車していた「トワイライトエクスプレス」でございます。やはり130km/hで疾走できる「はくたか」と、現在となっては旧式であるEF81型電気機関車が牽引する「トワイライトエクスプレス」では足の速さが全く異なるようです。しかし「トワイライトエクスプレス」は幸いにも移動手段ではなく車内での時間を純粋に楽しむための列車でございます故、後続の列車にどれだけ追い抜かれようとも乗客が困ることはございませんでした。



現在では「ブルートレイン」をはじめとした客車夜行列車がほぼ全滅してしまい、折角の旅情が全く味わえない時代になってしまいましたが、晩年の客車夜行列車は足の速い昼行特急に追い抜かれてばかりだったそうです。例えば日豊本線の「富士」が晩年には「ソニック」に追い抜かれた他、DD51型ディーゼル機関車の重連運転で名高いあの「北斗星」でさえも「スーパー北斗」の俊足にはかなわず、途中駅で退避を余儀なくされました。


CIMG5382.JPG


「北斗星」はどちらかといえば「トワイライトエクスプレス」と同じ系統に分類される列車でしたが、一部の車両には上にあるような開放型の寝台車も設けられておりました。このような設備で移動しているといささか贅沢気分が削がれてしまうような気も致しますが、「北斗星」は東北地方の主要都市である福島や仙台と北海道の諸都市を結ぶ移動手段としても根強い人気を誇っていたため、これはこれで根拠のある措置であったということでございます。途中に津軽海峡を挟むため、この区間には夜行バスが存在しないのも要因の一つでしょうか(下の写真は前回も紹介した「スーパー北斗」)。


IMG_1637.JPG


前述の「富士」などはどう考えても「ソニック」の俊足に押し負けてしまった故の措置としか解釈できないため、まるでお荷物扱いされているようで悲壮感しか感じないのは私だけではないはずです。しかし、たとえどんなに足の速い交通機関が登場したとしても、客車夜行列車にしかない旅情までそのまま再現することは出来ません。それは上位互換である北陸新幹線に取って代わられた「はくたか」や「北越」にも言えることです。日本の鉄道に脈々と受け継がれてきた「乗ることでしか味わえない楽しみ」が少しでも長く生きながらえることを願うばかりでございます。


今回はお話が少し短くなってしまったので、おまけとしていくつか写真をご紹介いたします。


IMG_4884.JPG


少々小さいですが、まずは先日コメントでもお示しいたしました「食パン電車」こと419系の写真でございます。こちらは現在でも富山県の氷見(ひみ)線沿線に所在する工場に保存されておりますので、もし機会がございましたら、始発駅の高岡駅から進行方向右側の車窓にご注目ください。


IMG_4805.JPG
IMG_4823.JPG
IMG_4843.JPG


この氷見線の車窓は変化に富み、工業地帯から富山湾を望む海岸線まで抜ける30分間で退屈することはまずないかと思われます。また当地ではレンタサイクルで海岸線を走り抜けることもできますので、北陸旅行の際は是非お立ち寄りください。


今回はここまでです。次回もよろしくお願いいたします。

【柳井グランドホテルのホームページへ】

posted by yg at 00:59 | Comment(2) | 日記