2022年10月07日

懐かしの国鉄色を追いかけた日 その10

皆様こんにちは。柳井グランドホテル鉄道プラン担当の松前篤始です。今回も前回に引き続き、485系ラストランを追いかけた日のお話です。

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大宮駅から東北へ再び旅立とうとしたらいきなり夜行の臨時快速に遭遇したお話をしました。車両自体は珍しくなくとも、普段見かけない場所で臨時列車を見かけるとついつい気になってしまいます。新幹線の時間を確認しつつ、撮りたい角度を見つけては記録に勤しんでいました。

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今回は時間の都合上東北新幹線「やまびこ」の始発列車ではなく、少し後から出る山形方面への「やまびこ・つばさ」併結17両編成(やまびこ10両・つばさ7両)に乗車します。山形へ向かうのは「つばさ」だけですが、この列車は東北新幹線で特に需要の大きい東京〜福島・仙台間の準速達列車も兼ねているため、山形方面へ分岐する福島駅までは仙台行き「やまびこ」が一緒に走って座席数を確保します。

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ちなみに最速達列車はもちろん「はやぶさ」(上写真)です。北海道の函館まで直通する列車でも、最も速い列車は途中大宮・仙台・盛岡・新青森にしか停まりません。こうして見てみると、東北新幹線は鉄道の世界で重要な概念である「遠近分離」の考え方が色濃く反映された路線といえます。

遠近分離とは、遠距離利用者と短距離利用者それぞれの需要を切り離して考え、それぞれに適した列車を用意する考え方のことです。東北新幹線の例でいえば、最も需要の大きい東京〜仙台間は「やまびこ」、さらに遠い盛岡や青森への需要は「はやぶさ」が請け負います。

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「やまびこ」は気軽に乗れる自由席を連結し、宇都宮・郡山・福島といった途中主要駅にも丁寧に停車していきます。一方の「はやぶさ」は全車指定席で、大宮〜仙台間は一切停車しません。航空機との熾烈な競争に打ち克つという命題を達成するため、完全に仙台以遠の需要に最適化しています。

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停車駅を絞ることは必然として、なぜ「はやぶさ」は全車指定席なのか。その理由は座席単価にあります。

列車の座席数には限度があります。例えば1編成1,000席と決まっていたら、それが満席になればそれ以上予約を受けることはできません。ならば同じ1席でも、東京〜仙台間の乗客ではなく、東京〜新青森間の乗客に提供したいと思うのが当然です。そうでなければ、仙台〜新青森間が空席だったとしても東京〜新青森間の予約は受けられず、結果としてその1席の単価は下がってしまいます。

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全車指定席に設定していても仙台から「はやぶさ」に乗る利用者は多いですが、少なくとも自由席料金よりは単価も心理的ハードルも上がります。さらに東京〜仙台間は「やまびこ」を1時間に2〜3本走らせることで、「やまびこ」が不便だというイメージが付かないよう注意を払っています。こうして近距離・遠距離双方の乗客への利便性を最大限確保することで、東北新幹線は遠近分離を実現しようとしているのです。

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同じ考え方は山形新幹線「つばさ」、秋田新幹線「こまち」、北陸新幹線「かがやき」でも採用されています。これらの列車はどれも関東対山形・秋田・富山または金沢を乗り通す利用者を優先するために全車指定席となっています。

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話を旅行に戻します。
「やまびこ・つばさ」で福島駅へ降り立った私は東北本線へ乗り換えます。この日一発目の撮影スポットは仙台方面の列車で数駅乗った先の桑折(こおり)駅です。この日の午前中は仙台〜福島間の往復を撮影し、すぐに午後の撮影へと向かいます。

485系が登場しないのに2回も消費してしまいました。次回は登場させたいと思います。

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posted by yg at 20:18 | 日記

2022年10月06日

懐かしの国鉄色を追いかけた日 その9

皆様こんにちは。柳井グランドホテル鉄道プラン担当の松前篤始です。今回も前回に引き続き、485系ラストランを追いかけた日のお話です。

今回からは2日目のお話です。またもや朝から大宮駅へと向かい、福島駅まで東北新幹線に乗車します。

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新幹線ホームに向かおうとしたらこんな表示が出ていました。「快速スターライト上野号」。どうやら臨時の夜行列車が来るようです。

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これがその快速列車です。夜行列車らしからぬ雰囲気ですが、新潟から夜通し走って東京まで来ました。後から知った話ですが、新潟で行われたイベントに合わせて運行され、東京へ帰る人の足として設定されたそうです。

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この電車はE653系電車といいます。普段は新潟から日本海沿いを走って山形県庄内地方、さらにその先の秋田を目指す特急「いなほ」に使用されています。しかし東京近郊の信号システムや電気の種類が異なる路線にも対応できることから、こうした臨時列車として重宝されています。

実はこの役割、一昔前は485系が一手に引き受けていました。2010年代前半まで走っていた夜行列車「ムーンライトえちご」(新宿〜新潟間運行、末期は臨時列車)をはじめ、新潟を拠点として東北や北陸、果ては関西まで足を延ばすこともありました。485系の定期運行が減るにつれて、こうした485系の臨時運行の注目度は上がっていき、2015年頃を境にE653系へとバトンタッチしたのです。

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このE653系も485系の血統を受け継ぎ、現在様々な場所でマルチな活躍を見せてくれています。記憶に新しいところでは、今年2022年に東北地方の地震で栃木県以北の東北新幹線が不通となった際、補完する臨時の快速列車として東北本線を走行しました。ちょうど私が1日目に行き交った仙台・福島地区と栃木県の那須塩原(なすしおばら)駅を結び、短期間ながら新幹線との見事な連携が光りました。

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新幹線ホームへ上がる前に最後の一枚を撮影。回送列車としてやってきた新宿発の特急「日光・きぬがわ」用253系とのツーショットです。

今回は前置きだけで終わってしまいました。次回は福島駅以降のお話です。次回もよろしくお願いいたします。


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2022年10月05日

懐かしの国鉄色を追いかけた日 その8

皆様こんにちは。柳井グランドホテル鉄道プラン担当の松前篤始です。今回も前回に引き続き、485系ラストランを追いかけた日のお話です。

仙台駅に程近い太子堂(たいしどう)駅で下車した私は、撮影の練習がてら仙台近郊の普通列車を撮影しました。遭遇した701系・SAT721系はどちらも仙台では当たり前の存在ですが、前回お話しした通り、JRに移行しても旧型車を使うしかなかった状況を一気に打開した功労者でもあります。

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ちなみに701系(左)と、SAT721系の本家本元であるE721系(右)は併結運転を行うこともあります。701系の垂直で平たい車体と、E721系の上部に向かって車幅が増していく幅広車体の対比は他ではなかなか見られないため、ファン目線からすると面白い光景です。



普通列車2本を見送った後、本命の485系が姿を現しました。これまでとは違い行程に余裕があるのか、ゆっくりとしたスピードで通過していきました。

都会から郊外を通り抜けて地方へ、という行程が多い特急列車はどうしても写真映えする風光明媚な場所で記録したくなります。この日乗車してきた磐越西線も、かつての大動脈東北本線も、そうした撮影名所は多く点在しています。

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一方で都会らしい景観を往く列車を記録することも趣味的には重要です。
例えば半世紀前から2000年代初頭まで走っていた特急「はつかり」は、当初上野から東北本線を北上して青森駅に至り、青函連絡船に接続して北海道への最速アクセスの一翼を担っていました。

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使用車両はもちろん485系。停車駅もかなり絞られ、県の代表駅以外はすべて通過。現在の東北新幹線「はやぶさ」に近い性質を持った列車でした。

しかし1982年に東北新幹線が岩手県盛岡駅まで開業すると、東北本線のエースは一転して新幹線連絡特急(盛岡〜青森間運行)へと姿を変え、東京に姿を見せることはなくなりました。つまり「はつかり」の名が消えることはありませんでしたが、見られる場所は限られてしまったということです。

こうした移り変わりは日本全国至る所で起こっていることですが、今見ている景色もいずれ消えると思えば、どこを走っていようと記録することは大切です。この太子堂駅は特急電車の撮影地という印象はないかもしれませんが、「都会」という旅の始まり・終わりを象徴する雰囲気を表現するには相応しい場所だと私は思います。

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太子堂駅で撮影を終えた私は仙台駅に戻り、東北新幹線で埼玉の自宅に戻りました。この日は関東から南東北までカバーするフリーきっぷを使っていたため、宿を予約しても新幹線特急券を購入しても金額は大差なかったように記憶しています。

2日目も再び南東北3県で485系を記録します。次回もよろしくお願いいたします。

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posted by yg at 16:20 | 日記