2022年07月06日

懐かしの国鉄色を追いかけた日 その3

皆様こんにちは。柳井グランドホテルの松前篤始です。今回も前回に引き続き、485系ラストランを追いかけた日のお話です。

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「あいづ」号が走り去っていった磐越西線は、福島県会津地方の観光アクセスの一翼を担う路線です。かつては東京から直通してくる特急「あいづ」号や、郡山駅で新幹線と乗り継ぐスタイルの快速「あいづライナー」など、特急型電車を使った様々な列車が運行されてきました。現在は指定席付きの通勤電車(上写真の車両を改造)が活躍しています。

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私は郡山駅で特急「あいづ」号を見送り、すかさず後続の普通列車で会津若松へ向かいました。会津若松駅も変わらず混雑していましたが、新幹線で乗り換えなしの仙台や郡山とは違って少し遠いせいか、あの2駅よりは落ち着いていたような気がします。ただ後で知った話ですが、磐越西線の有名撮影地では撮影者の「雛壇」が組まれるほど多数のファンが駆け付けたそうです。

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会津若松駅では面白いものがたくさん見られました。その一つが上の写真にあるこれです。何の変哲もない電車の写真に見えますが、電車が行き先を変えている瞬間に出てきたこの「黒磯(くろいそ)行き」の表示は現在とても貴重です。

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栃木県にある黒磯駅は東京と東北を結ぶ大幹線・東北本線の途中駅ですが、この駅で架線を流れる電気の周波数が変わるため、古くから関東と東北の境界駅とされてきました。

その証拠に、この駅は日本で最後の「2種類の電気が流れる駅」となっていました。通常は1本の架線に2種類の電気を流すことはできないため、電気の絶縁区間を設けて流れる電気を分け、電車側に特殊設備を持たせて2種類の電気に対応しますが、黒磯駅は駅自身が大掛かりな設備を備えていました。この恩恵を受けていたのは特殊設備を持たない機関車です。

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東京から黒磯駅まで引っ張ってくる機関車(上写真上)と、東北方面へ引っ張っていく機関車(上写真下)を交換するためには、1本の架線に流れる電気を入れ替えられる特殊設備がなくては対応できません。平成中期頃までは、黒磯駅にあるこの機能は極めて重要でした。

しかし新幹線開業後は境界駅の役割が薄れ、平成後期には東京から北海道まで交換不要の新型機関車が増備されたことから、近年この特殊設備は役目を終え、黒磯駅には東京方面からの列車しか入れなくなりました。東北方面には特殊設備を備えた電車だけが入るため特に珍しくありません。黒磯駅は個性を失ってしまったのです。

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この719系電車は東北専用の電車です。そのため黒磯駅には二度と入ることができません。あの「黒磯」の2文字は黒磯駅の栄光を今に語り継ぐ最後の語り部だったのかもしれません。

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485系に話を戻します。郡山に戻る485系は快速「あいづライナー」のヘッドマークを掲げています。赤を基調としたヘッドマークには、会津地方のゆるキャラ「あかべぇ」が描かれています。一見すると異端なヘッドマークですが、「あいづライナー」は485系最末期の代表的運用でしたので、ラストラン運用の先頭を飾るに相応しい列車の一つです。

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発車間際まで撮影を繰り返していたのですが、あまり余裕はありません。今まではひたすら撮影に徹してきましたが、この「あいづライナー」だけは幸運にもきっぷが手に入りましたので、私はこれから485系の車内へと乗り込むことになります。

今回はここまでです。次回もよろしくお願いいたします。

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posted by yg at 12:39 | 日記

2022年06月29日

懐かしの国鉄色を追いかけた日 その2

皆様こんにちは。柳井グランドホテルの松前篤始です。今回は前回に引き続き、485系ラストランを追いかけた日のお話です。

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最初の運用である「ひばり」号の通過を記録すべく、私は東北本線の普通列車で宮城県南部の槻木(つきのき)駅を目指しました。決め手となる絶対的な理由はなかったと思います。ただこの駅からは第三セクターの阿武隈急行線(上写真の車両)が分岐しているため、未知の鉄道路線というちょっとしたきっかけはありました。



カメラアングルを決めて通過を待ちます。思いの外ゆっくりと通過していきましたが、槻木駅の年季が入った重厚なホームは国鉄型電車がよく似合います。今回はやり直しがきかないので、確実に動画で記録することにしました。

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槻木駅で記録を終えた後は、すぐさま後続の普通列車で485系を追いかけます。しかし相手は主要駅のみ停車の団体列車なので、素直に乗り継ぐだけでは追いつくことができません。

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そこで登場するのが「ひばり」号を廃止に追いやった張本人、東北新幹線です。福島駅から郡山駅までの1区間だけですが、これで大幅に追い上げて485系に追いつくことができました。
ちなみに新幹線は隣り合う駅間のみを自由席で移動する場合に限り、特定特急料金という割安な料金が設されています。後から開業した新幹線駅を間に挟む場合は例外的に2駅間でも割安になることがあるので、気になる方は時刻表アプリなどで調べてみると面白いかもしれません。

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郡山駅に停車中の485系には既に多くの人が集まって記録に勤しんでいました。私もこれに混ざって撮影します。今度は上野と会津若松を結んだ特急「あいづ」号のヘッドマークです。これから485系は東北本線を外れて磐越西線(ばんえつさいせん)へと入っていきます。



今回の最後は485系が郡山駅を発車するシーンで締めくくりたいと思います。普段ならもっときれいに撮影できる場所を探すところですが、今回ばかりはこの喧噪も含めて記録だと思います。しゃがむようなアングルで発車を見送った後、また磐越西線の普通列車で会津若松を目指しました。

今回はここまでです。次回もよろしくお願いいたします。

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posted by yg at 13:10 | 日記

2022年06月12日

懐かしの国鉄色を追いかけた日 その1

皆様こんにちは。柳井グランドホテルの松前篤始です。最近唐突に大学生の頃を思い出したので、昔の記録を引っ張り出してきました。懐かしの国鉄色を追いかけた日を思い返してみます。

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485系電車は、国鉄時代に日本全国を走り回った特急型電車です。直流・交流50Hz、交流60Hzという、JRの在来線で使われる3つの電源全てに対応できるこの車両はまさしく標準型車両でした。今の新幹線で言えば東海道新幹線のN700系です。日本全国どこでも使われましたので、昔は485系こそが当たり前でした。
(上写真は別日撮影)

しかしJRの時代になると徐々に第一線から退いていき、国鉄色485系は2010年頃に定期運用を全て失いました。その後は細々と臨時列車用で残されていましたが、それも2016年に全て引退となりました。今回書くのは最後まで残った仙台地区485系のラストランを追いかけた2日間のお話です。

当時埼玉県に住んでいた私は東北新幹線の一番列車で仙台入りすべく、大宮から「やまびこ」号に乗車しました。大宮で撮影した写真は残っていないのですが、混んでいたので自由席で立っていた記憶があります。今思えば、もしかしたら皆同じ目的で仙台を目指していたのかもしれません。485系の引退はそれくらいインパクトのある出来事でした。

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仙台駅に着くとすぐに東北本線に乗り換えます。この先の岩切(いわきり)駅で485系が運用前に待機しているという情報があり、その姿を記録しに向かいました。乗車したのは719系電車(上写真)。これも今となっては絶滅寸前です。この頃はまだ当たり前に見られましたが、雪国で活躍する車両の宿命か、わずか30年で大半が引退に追い込まれてしまいました。こうした何気なく撮った1枚の写真も、今振り返ればとても貴重です。

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岩切駅に着くと、既に多くのファンが記録のために集まっているのが分かりました。運用が始まる前からすさまじい熱気が伝わってきます。

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ヘッドマークは「ひばり」号のもの。主に現在の新幹線「やまびこ」号に相当する列車で、東北新幹線ができる前は関東対南東北輸送の主力を担う特急列車でした。もちろん私は乗ったことはありませんが、本でしか見たことがない名列車が見事に蘇ったあの光景は今でもはっきりと覚えています。まだ運用が始まる前だというのに、私も含めファンは大いに盛り上がっていました。

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その後仙台駅に戻り、「ひばり」号の走りを記録するために東北本線を南下しました。乗り継ぎの間に記録写真を1枚。たかが電光掲示板ですら、この日に限っては大変貴重です。画質が粗いのが残念ですが、記録しておいて大正解だったと今は思います。

今回はここまでです。次回もよろしくお願いいたします。

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posted by yg at 09:46 | 日記